ROAD TO FUJI ② 一応、傘雲・・・


かつて…。
かつてというのは2515年前くらい。毎月、いや、ひどい時には毎週のように長野県入りしていた頃、中央道渋滞時に迂回路となっていたのは国道137号、通称御坂道。

ちなみにED62をよく撮りに行ってた90年代半ばは貨物の運転本数が多い平日にでかけていたので中央道渋滞なんて無縁。
というより高速代ケチっていつも20号だったけれど、飯田線の展示回送とかシュプールユーロとなると運転日は土・日、時間帯的にもちょうど渋滞に突入することになる。

渋滞区間によっては大月や勝沼から下道(20)とか、もしくはSAで爆睡してから帰るとか色んなパターンがあったんだけど、例えば紅葉シーズンとか冬場の日曜・連休最終日となるとそういう訳にも行かず、その際によく利用していたのが御坂道。
それもダメそうな時は甲府南ICで降り精進湖経由なんていう最終手段に出ていたが大体はこの御坂峠経由で、富士吉田から駿河小山に抜け246で松田まで行きそこから裏道で帰宅(※当時は厚木市民)
そっちも混んでそうな時や相模原住みのM下さんと一緒の時は道志川経由で帰宅というのがいつものルート。

それほどよく通っていた割には富士吉田近辺なんてウロついたことはなく、勿論富士急の撮影なんてしたこともなし。
で、この日(2/10)は昨日も書いたとおりかいじ186M52、ホリ快がM51、当然おいらのメインディッシュはM51
定時なら梁川辺りですれ違うこの両列車、それぞれ甲府側と富士吉田辺りでやれば掛け持ちは余裕。

実際あっという間に着いてしまって三つ峠辺りまで行っても通過15分くらい前。
「もっと前からこの掛け持ちしておけばよかったねぇ…」なんて二人で話してたけれど、でもよく考えたらかいじ186号が運転される時はそれがM51な訳で、まぁあまり意味はなかったのかも。

そんなこんなの富士急線内、どこで撮ろうか悩んだ挙句、傘雲が出てるということで富士山バックになる場所へ。
しかし、いつもの悪いクセが出て、頭側とケツ側両方撮っておきたいという欲望がw
頭側は長玉使わざるを得ず、結局富士山バックのケツ撃ちはレンズの制約上傘雲なのかよく分からん写真になってしまったとさ()







三つ峠の駅まで送ってもらい、ここで510ちゃんとお別れ。
流石に返しまで6時間待ってるほどヒマ人でもなくこの日もこれでとっとと撤収するつもりだったのだが、一度は特急色と絡めておきたかった十日市場の滝、ここに残雪があったら残留しようと都留文科大前までのキップを買って窓から覗いたらそこそこありそう。
天気予報も午後から曇りだし、これは最後のチャンスかも…と下車。





なお、ここまでの乗車電は京王オリジナルカラー(↑)。
これのパシリを撮っておきたいっていうのも残った理由の一つ。





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yuno

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