鹿島貨物、原色64-1026 (9/26)

今日は久々の鹿島貨物。先週木曜、9/26の撮影分。
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この日の1095レは珍しいコンテナが載っていたので北浦に追っかけ。
しかし雲が北西方面にありなんとも微妙な結果。真西は快晴だったので、利根川築堤に行けば良かったと激しく後悔。
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返しの1094レに到っては当初幡谷に行くも、ちょうど太陽の周りにでかく厚い雲があり、しかもま~ったく動かない。
これはアカンと松木作への移動を決意するも、時間ギリギリでそこすら到達できる見込みがなく一個手前の踏切で妥協。
車降りた時点ですでに列車は見えていてとりあえず撮ってはみたものの、まぁこんな組成だったしどうでもいいか。
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ところで、先週のお召列車の写真をSNS上で見ていて思うこと。
以前の羽越お召を撮りに行った時もブログで書いたし、それ以前からも思ってることなのだが、なんで、お召しが走る度に両陛下の写真を撮りたがる人がいるのだろう。

別に自分は右でも左でもないし、それを不敬罪だと言う気もない。今の日本においてそれは禁止されていることでもないので撮るのは勿論自由。
だから、というのもあるのか、多くの人がお召し列車が走る度に両陛下のカットを狙おうとし、その写真を個人で楽しむのならまだしも、なんのためらいもなく、時に、嬉々としてSNS上に上げて喜んでいる。

一体、みんな、どういうつもりでレンズを向けているのだろう?
1号編成やE655系同様、陛下もただの被写体なのだろうか?
それとも日本の“象徴”だから何をしてもいいと思っているのか?
もしかしたらジャーナリスト気取りとか?

相手だって同じ“人”。
芸能人ですら写真撮られることを好む人なんていないだろうに…。

いくらいいシーンを撮ってようが、そういう人達は自分からすると韓流俳優が来日した時に写真を撮りまくってるおばさん達と同じ。カメラを手にしたらなんでも撮りたくなる、典型例みたいなものだろうか?

そりゃ自分だって写真を撮ってれば運転士さんは当然写り込んでしまうし、例えば列車と鉄道マンとか、そういうシーンを撮ることもある。
でも、それは特定の“人”を被写体として撮ってる訳でもないし、その人にレンズを向けてる訳でもない。

何度も言う通り、今の時代、写真を撮るのは自由。
このブログを見てむかつくのも「所詮オレはミーハーだし」と開き直るのも勝手だけれど、自由だからと言ってなんでもありな人は、普段からそういう、例えて言えばマスコミ、いや、マスコミ以下のレベルなんだろうな、なんて思うのだ。

(あっ、今日はだいぶ敵を作っちゃったかなwww)
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yuno

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