《プラリバ101》東京駅SP② -走るホテル、登場-

昭和33年(1958年)10月より運転開始となった“走るホテル20系”。
当初は「あさかぜ」のみの運行だったが、翌夏、長崎行き夜行特急「平和」が「さくら」に改称。前年10月改正で一旦運転終了となっていたさくらは、20系使用のブルートレインとして新たな道を歩み始めることに。
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さらに翌夏、昭和35年(1960年)7月改正では「はやぶさ」も電源取得可能なカニ22を組み込み20系化。この際直流区間牽引機であるEF58に新たな塗装が施され、いわゆる「ブルトレ」塗装となる。
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なお、東京発着九州寝台特急はこの時点で「あさかぜ」「さくら」「はやぶさ」の3列車。
一方、20系デビューから1ヶ月遅れての営業開始となった151系こだまに押され、客車「つばめ」「はと」の人気・利用率は衰退。
結果、その2年後の昭和35年5月末を以て客車運行は中止となり(※つばめ…151系化、はと…一旦終了)、専任を解かれた青大将も寝台特急運用に普通に充当されはじめ、ブルトレ色・茶色(ぶどう色2号)と、この時期の東京発着客車列車は3色のゴハチが入り乱れていたことに。

そこにロクイチとかロクマルなんかも入っていたら、虹・カシ・星・赤釜がいた10年くらい前の田端のパイチみたいなもの。
当時の東京機関区とか姫路機関区とか、そりゃぁ凄い光景が繰り広げられていたんだろうなぁ…。

そして、4本目のブルトレ。
おそらく青大将の全機塗り戻しが終わった頃になるのだろうか、昭和36年から不定期で運転をしていた「みずほ」が、その2年後の38年6月から20系使用で定期列車に昇格。

4列車のゴハチ牽引“ブルートレイン”が運転されていたまさに高度成長期。
自分が生まれる10年くらい前のこと。
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yuno

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