《プラリバ108》東京駅SP⑨ -ブルトレと過ごした半世紀(終)-

時代は21世紀。
子供の頃は21世紀になったら未来都市のようになっていると思っていたし、少なくともエヴァにはまっていた20代前半の頃でさえ「2015年に瓦屋根の家とか電線なんてそうそうないだろ」なんて思いながら見ていたのだが、2019年現在、ムサコ周辺以外はどこも風景は変わっておらず、DD51も小田急Hi-SEも箱根登山も普通に現役だったという(笑)
あっ、Hi-SEは第二新東京市の方にいっちゃってるか。

この調子だと2100年、いや、2200年になっても景色も建物も全然変わってなかったりしてw
それともヤマトとか999とかガンダムの世界になってるのかな…。

そんな21世紀の初頭、これまたその5年前だったら絶対に考えられなかった列車が運転された。
東京駅発のEF58-61号機牽引の新1号編成のお召し列車。

すでに、96年のベルギー、98年のルクセンブルクと当時それなりの耐性はあったものの、いくら外国要人招待とはいえ、平成、そしてJR化となった時代に東京駅発でロクイチ+1号の旗付きお召し列車が運転されるなんて本当に夢にも思わなかった。

このノルウェーお召しは自分自身持てる力(頭脳・体力・財力)をすべて出し尽くして臨んだつもりだったんだけど、その後見た鉄道誌の中で「こっ、これは・・・」と唸らされたのが東京駅の出発シーン。
今でも脳裏から離れないその写真を今回はプラレールで再現。

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そして、この時代のブルトレはというと、1994年に廃止となった「みずほ」以外の「さくら」「富士」「はやぶさ」「あさかぜ」「出雲」「瀬戸」が健在。
いや、正確にはサンライズ化により「出雲」1往復と「瀬戸」はEC化。あとは、急行「銀河」。

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なお「さくら」と「はやぶさ」は併結列車となっていてヘッドマークも合体化していたが、かつての花形列車ブルートレインも21世紀に入ると一気に衰退の道を辿り、2005年3月にあさかぜ・さくら廃止(富士・はやぶさ併結開始)。
翌2006年3月客車出雲、2008年3月急行銀河と次々に消滅し、そして、2009年3月改正をもって富士・はやぶさ廃止。
ここに、1958年10月の20系「あさかぜ」運転開始以来、実に半世紀におよんだ東京口ブルートレインの歴史が途絶えることとなった。

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その後も寝台列車の縮小化は続き、2010年「北陸」、2012年「日本海」、2014年「あけぼの」、翌2015年「北斗星」の廃止をもって“ブルートレイン”が消滅したことは今更説明するまでもないであろう。

時代の流れと言ってしまえば、それもしょうがなし。
JR各社も慈善事業じゃないんだから、金にもならない、いや、それどころか車両維持費・人件費が相当な額になるであろう夜行列車を存続するというのはどう考えても理に適う話ではない。

今現在、サンライズは存続してるし、それ以外にもカシオペアや瑞風、四季島といった豪華列車が国内を走っているけれど、そういうのとは違う、機関車が寝台客車を牽引し、また、区間ごとに牽引機が替わったりする、そこに、旅情なりロマンがあったのは事実。
自分自身、子供の頃に何回か乗ったブルトレのあのワクワク感だったり、期待や不安、そういった感覚は今でも忘れてはいないし、できることならもう一度乗っておきたかったし、写真ももっと撮っておきたかったところ。

はやぶさと富士のオリジナルマークが無性に撮りたくなり九州まで行ったこともあったけれど、神奈川在住時に何故に普段のブルトレを撮ってなかったんだ、というね。
ほんと、無くなってから気づくは日常の景色の大切さ。

今度の休み、とりあえず地元で209系でも撮ってみよっかな(笑)

最後に、半世紀に亘るブルトレ史に華を添えた機関車達の大集合。

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というか、なんでDD51忘れてしまったんだろ?

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yuno

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