《プラリバ116》栄光のお召機、EF64 77〔八〕

続いてやってきたのは八王子。
千葉に引っ越すまでは神奈川のど真ん中、厚木市に住んでいたので、学生の頃は中央線や飯田線に撮影に出かけるときはいつもここが旅のはじまり。

いつも機関区から汽笛が聞こえていてロクヨンのブロワー音が響いていたものだが、今や規模も縮小し南口も再開発。
横浜線のホームにいると、真横の倉から油や石炭の匂いがしてきて、本当に間近で見れる機関区だった。

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そんな横浜線も自分がガキんちょの頃はまだ茶色い旧国(といっていいのかよく分からんけど)が走っていて、その車内に棒があり、周りをグルグル走り回って怒られた記憶がある。
その頃にはすでに103系も投入されていたのだが、基本ウグイスだったため山手線との誤乗防止(誰も間違わないと思うが…)のため前面にマークを掲出していたのも懐かしい記憶。

そして、これだけは書かねばならん。
というか、これをやるために八王子駅の再現をしたといってもいいのだが、今から35年前、昭和59年11月11日に運転された八高線開業50周年記念号。
(ほんとは昨日アップしたかったんだけど)

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ED16やEF15のさよなら運転が行われたあとくらいの時期で、「俺らもそういうイベント列車に乗ってみようよ!」と友達と乗った初めての企画団臨。
今からすれば発狂もんなネタなんだけど、当時はそんなにDD51が好きではなく、出発駅新宿からのDD51牽引にちょっとガッカリ。

それでもまぁDD51が爆煙立てて快速線をぶっ飛ばし、それに乗れ、しかもカマが間近に見える一番前のボックス席(新宿発時点)だったという、ある意味貴重な経験。
車内での企画とか、高麗川でのターンテーブルとかも結構面白かったんだけど、帰りは疲れて爆睡してしまったような。

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時代は国鉄からJRへと変わり、あの転車台もいつしか撤去。

はてさて、64-77はやはりこのまま解体になってしまうのだろうか?
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yuno

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