《プラリバ150》チャレンジ20,000km宝探しの旅

今回で150記事目の“プラレールでリバイバル”。
そんな記念すべき(?)150回目は自分自身思い入れのあるこんな列車で。

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内房はバリバリ思い入れはあるんだけど、実は今回の主役は右側の方。
勿論撮ってる訳でも乗った訳でもないのだが、この列車、調べたところどうやら運転されたのは1982年5月16日とのこと。
そうそう、その頃だったよな~。自分がまだ上野駅や東京駅でポケットカメラを持って徘徊していた頃。

ガキの頃の記憶なのでもしかしたら違ってるかもしれないけれど、当時・・・というのはこの82年頃、電車・気動車特急、およびブルトレテールマークはすでにイラスト化され爆発的ヒットになっていたものの、機関車のヘッドマーク取り付けは東京口ブルトレ以外まだ復活しておらず、いわゆる掲出式のHMなんて、国鉄ではほとんど見ることが出来なかった。

団臨やイベント列車になんでもかんでも取り付けるようになる時代はもうちょっとあと、欧風客車のデビューや旧来のお座敷列車の塗装変更なども見られ始めた84年以降になるのだが、その直前の冬の時代においても、本社の指示に逆らうかのごとくヘッドマークの掲出を行っていたところがあって、それが西局、そして千葉局。
ちなみに、この頃ヘッドマークを必ず付けて運転されていた客車使用の団臨が一つだけあって、それは東北線で運転されていた“銀輪号”なる列車。未だになんの団体なのか分からないんだけど、毎年秋に宇都宮の方に行っており、名前的に国鉄職員さんの慰安旅行的な団臨だったのか、それとももしかしたら競輪とかに関係してるのか?

あとは、本社管轄的なイベントとして以前にも記事にした「駅」号なんてのがあったけれど、とにかく、運転開始記念とかさよなら列車以外でヘッドマークが掲出されるというのは本当に珍しかった時代で、そんな中153/165系の定期急行、土日の特別快速に2月の青梅マラソン号、さらに当時恒例行事的に行われていたワッペン列車、房総の「フラワー号」「フラミンゴ号」、河口湖までの「ハイランドスケート号」等、電車とは言えヘッドマーク文化を維持していた千葉局・西局は結構特異な存在であったといっても過言ではないと思う。

これまでも何度か書いてるけれど、当時小坊だったおいらはとにかくヘッドマークが大好きで、定期列車は勿論のこと、むしろそれよりこういう団臨系のものに目が無く、これまた恒例化になっていた千葉局内の“〇〇市民号”“〇〇町民号”の写真も含めジャガー写真部でせっせこせっせこ買っていたものだが、そんな中で運転されたのが今回の主役でもある“チャレンジ20,000km宝探しの旅”。
これも、当然運転が終わった後に雑誌で知ることになるのだが、そこに載っていた写真やジャガー写真部から買った写真を元に画用紙にヘッドマークを描いてみたりと、自分的にはそれほどインパクトがある列車だったのだ。

何度も言う通り、この時代において1回限りの団臨にヘッドマークが付く、というのは相当レアなケース。
自分が覚えてる限りでは「999」に前述の「銀輪号」。毎年正月に運転されていた185系の紙製?マーク「南伊豆号」。
あとはED16のおもしろまじめ号とロクヨンセンのてるてるワイド(田植え&稲刈り)くらい。
そんな時代に運転されたこの列車、しかもヘッドマークのデザインもかっちょいい!!
いつか自作して付けてみようかと思っていたのだが、実際に走ってる165系もいなくなり、そんじゃこのプラレールで・・・と思ってネットで調べてみたところ乗車した方のホームページを見つけ、運転日、運転区間含め色々なことが明らかに!!
そっか、これ、ラジオ局の主催の団臨だったのか。

確かに、おもしろまじめ号はNTVだったし、てるてるワイドはいわずもがなだ。
この時代はラジオ局やテレビ局とコラボするのが流行っていたのだろうか?
そんなヘッドマーク大好き少年だった我が趣味活動育成期。
もうお気づきの方も多いと思いますが、このプラレールでリバイバルは、過去、自分が撮りたかった、撮れなかった、撮ったけど写真が残っていない・・・という国鉄時代のシーンを再現するだけでなく、どちらかというとその頃の色んなヘッドマークを再現することの方がメイン(笑)

というか、自分で言うのもなんですが、今まで相当な種類、登場させてるでしょwww
(まだまだ色々登場しますよ)




本日の『剛ファンあるある~』

「良く聞く曲ですか? う~んそうですねぇ、ミスチルとか福山とか? 最近は米津とかキングヌーなんかもいいですよね。
あっ、あと、たまに長渕なんか聞いてみたり?」(←さりげなく相手の反応を確認)

「長渕!? いーっすね! (←おっ、好反応。まさかの同志!?)
乾杯と、とんぼ、え~っと、あとカブトムシでしたっけ」(←それは違うだろ・・・)

(とりあえず同志じゃないということだけは分かったので話を収束すべく)「あと巡恋歌とかもね」

「へ~、レゲェも聞くんですね!!」

「・・・・・」


※ しつこく3回も続けたこのネタ、ミスチルも福山も米津もキングヌーも、有名な曲しか知らないのは言うまでもありません。
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コメント

かつひさ(鹿肥薩)

こんばんは。
おもしろまじめ、当時の日テレのキャッチコピーでしたっけ?

ツッコミ所が多いという以外はネタバレ情報を遮断して鑑賞した太陽の家、
いろいろネット記事を読み漁ってますが、広末さん、家に信吾を上げるシーンと筋トレはやはり違和感を感じてたみたいだ(笑)
大ヒットはしないと思いますが大コケは避けてほしい、どうか興行的に失敗しないよう祈るばかりです。

yuno

Re: タイトルなし
大コケ、過去にも前例がありますしね(笑)

でもまぁ、今の剛にはまあまあ合ってる役柄だったんじゃないですかねぇ。

大ヒットはないにしても、案外受け入れられる人も多いんじゃないかな、なんて思います。
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yuno

ヤフーブログから転居してきました。

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