《プラリバ162》あゝ上野駅⑥ 昭和57年11月14日

ブルトレブーム、イラストマークブームと続いた空前の鉄道ブームも昭和50年代後半に入り始めると一気に収束へ。
要因は色々あるだろうが、自分が思うに、その主たる理由はなんと言ってもガンダム(&ガンプラ)。
当時の少年達の興味は完全に鉄道以外へ向かい、生粋の鉄道好き少年達も、これまた当時流行りだしたNゲージなどに移行し、上野駅はそうとうひっそりしていたんじゃないかと思われる。

実際、自分自身この頃はもう上野駅には行っておらず、むしろチャレンジ20,000kmやスタンプ集めに夢中になっていた時期なのだが、そんな頃に開業したのが東北・上越新幹線。
上野駅の歴史において、一番大きな転換期と言っても間違いないだろう。

あえて説明するまでもないが、昭和57年6月23日、大宮発着で東北新幹線が暫定開業。
前日の6/22に廃止となった特急列車は「やまびこ」だけだったが、その半年後、11/15の上越新幹線開業時は多くの特急・急行列車が廃止、または区間短縮などで上野駅から撤退となった。

前述のとおり、この当時の自分は上野駅へはまったく行っておらず、それゆえ185系の新幹線リレー号なんてのも実は一度も見たことなかったくらい。
それでも流石の11/14、今まで何度も見た列車達を見送ろうと上野駅へ。
昼頃から出かけた記憶があるので多分土曜日か日曜日。
国鉄最終日もそうだったけれど、この日もとても寒く、11月だというのに途中から霙混じりの雪がふってきたり。

しかし、いざ上野に行ってみるも特にイベントものをやる様子もなく、あまりの寒さに耐えかね「とき」「ひばり」「みちのく」と、急行列車・常磐旧客鈍行のサボを撮って撤収。
あっ、あと出始めたばかりのオレンジカード(※湘南ライナーのマークのやつ)を買ったのだが、今でも覚えているのが帰りの小田急で大野工場の電留線に富士急塗装になった2200形が止まっているのを見つけたこと。
しかも相当長く、ブツ6どころかブツ8かブツ10くらい!!
あっ、ブツ〇って言い方、よく他の私鉄とか東海211系とかでも呼ばれてるそうですが、小田急の2200形以外に使用するのは誤用ですので、そこのところよろしくですw

なんてこと言うと反感を買いそうなのでアレですが、とりあえず2200形と言えば『留守番もまた楽し』。 これで話の分かる方がいたら、あなた、相当なツウの方です(笑)
あっ、でもあれ、2400形だったかな?

話がちょいと変な方へ行ってしまったが、その富士急塗装の2200形、一旦海老名で降りてもう一度戻って見直そうと思ったら今度は江ノ島線かどこかで踏切事故が発生し電車がストップ。
戻ることも出来ず先に進むこともできず、結局帰宅したのは相当夜遅くになってから。
そして、翌月の鉄道各誌を見てあの日の夜、「とき」や「ひばり」に装飾が付けられ、色々なイベントが行われていたことを知る。

あ~ぁ、こんなことなら夜まで残ってりゃよかったよ。
そんな激動の日、この日多くの名列車達が時刻表から消えていった。

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yuno

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